私が緊縛を始めてもうすぐ20年になる。
初めて縛ったのは妻のうみであり、今も事あるごとに縛っている。
当時はケガに対する知識はほとんどなかった。
緊縛は 縛り手、受け手、共に楽しい行為である。けれど、緊縛にはケガのリスクがあり、そのリスクを負っているのは受け手のみである。
20年たった今、SMバーのオーナーとして、緊縛の指導者として、緊縛の安全に対する縛り手の責任とあるべき姿について、考えを述べたいと思う。
縛り手の責任について
まず、責任については、通常時、縛る時、万が一ケガさせた時、の3つの場面について考えられる。
通常時の責任とは、事故ゼロを目指すことである。
具体的には、新しい縛りの研究(緊縛構造、縄筋)、既存の縛りの改善、身体的知識の習得、ケガした人の情報収集・分析・解析、緊縛技術の向上、などがあげられる。
縛る時の責任も、同じく事故ゼロを目指すことである。
そのためにすべきことは、事前の問診とコミュニケーション、身体チェック。縛りの途中は、受け手の観察、縛りのコントロール。事後は直後、時間経過後の身体チェック等であろう。
万が一ケガをさせた時の責任は、回復までのケア(金銭、メンタル)と、再発防止のための原因分析及び改善である。
緊縛事故防止の観点で見れば、通常時の責任をはたすことが、最も重要であると私は考える。事故ゼロを目指す縛りの創造、常に縛りを改善していく姿勢が大切である。それでも、残念ながら事故ゼロにはできない。
ここで、受け手の責任(過失割合)について考えてみたい。
一般的に被害者に過失割合を求めるには、事前にリスクについて理解し合意していることが前提条件として必要である。
緊縛事故の場合は、緊縛における身体的・精神的リスクについて、受け手が理解し、合意していることが必要である。そのリスクとは、受け手の健康状態、ケガの種類、重さ、回復期間、治療方法、治療費、縛りとケガの因果関係、受け手の身体的特徴(個人差)とケガの因果関係……等である。これらすべてを受け手が理解し、合意していることが条件となる。
しかし現状は、これらのほとんどが解明されていない。特に、ケガと縛りの因果関係について全くわからないと言っていいほどであり、縛りの構造改善による事故再発防止の大きな障害になっている。
解明されていない理由は、通常のケガ(切り傷、打撲等)であれば、ほぼ目視で確認できる。確認できない場合は、推測されるケガの治療を行い、効果が出ればどんなケガか特定ができる。
しかし、神経系のケガは、ケガしたところと症状の出ているところが一致しないことが多く、レントゲン、CT、MRIで確認できないことも多い。
そして、治療方法が経過観察になる場合がほとんどであり、その診断が正しいかどうかの判断もつきにくい。そのため、縛りとケガの因果関係の証明は非常に難しい。
例えば、手の痺れ一つをとっても、その病名が尺骨神経麻痺、前骨間神経麻痺、後骨間神経麻痺、肘部管症候群、手根管症候群、胸郭出口症候群、また頚椎症性神経根症等の首のケガなど、多岐にわたる。
つまり、実際には、緊縛事故のリスクについて、縛り手自身もわかっておらず、受け手がそのすべてについて理解、合意することは不可能であり、受け手に過失割合を負わせるのは極めて難しい。
仮に、もし受け手が「詳細は不明でも、一生の後遺症も含めてすべてのリスクについて合意します」と言ったとしよう。その時の過失割合は半々となるかもしれない。ではその時の具体的な責任分担の中身はどうなるのか。
受け手は縛られるときに「ケガをするかもしれない」というリスクを負っている。五分五分というならば、縛り手も何らかのリスクを負うべきである。それは、万が一ケガをさせた時に金銭を負担するリスク以外にできることはない。受け手が大きな後遺症を負った場合の精神的なダメージを考えれば、これでもまだ五分五分には程遠い。
「ケガと縛りの因果関係が解明できない」という事実は、通常時の責任における「再発防止のための原因分析及び改善」においても大きな障害となっている。
界隈では、手が痺れたら橈骨神経麻痺か尺骨神経麻痺で、上腕の縄の位置にさえ気をつければ怪我はしないと思い込んでいる縛り手が多い。これは大きな間違いだと私は思っている。
縄をかける上腕の位置に気を付けることは、リスクを下げる行為としては有効である。けれど、それだけでは不十分である。実際、下垂するような重傷者の縛られた時の画像を見ても、特に問題な位置にかかっていないことはままある。逆に、「これはどう見ても危険」といわれる位置にかかっていても、何十回縛られ吊られてもまったくケガをしない受け手もいる。
ここで重要になるのは、前述した「ケガと縛りの因果関係」である。
なぜケガをしたのか――それを科学的に断定できるケースはほぼない。ほとんどのケースが「上腕の圧迫」と「個人の特性(個人差)」の掛け算が原因であるという結論にいきつく。
この「上腕の圧迫」が曲者である。
それが原因ならば、上腕を圧迫する高手後手をやめなければ、リスク回避はできない。
けれど、そのアプローチをしている縛り手はいない。なぜなら、それが「緊縛」だと思っているから。その結果として、原因の比重は「個人の特性」に大きく傾き、あたかもケガの原因が受け手にあるというような言い回しになる。そして、縛り手がしたいことである高手後手の危険性はおざなりになっていく。
ケガの発生率を見たときに主原因が「個人の特性」であることは、事実、そうであろうと私も考える。そうでなければ、もっともっと事故が起きているはずである。
けれど、それが高手後手のリスクを軽視する免罪符になるかといえば、それはならない。なぜなら、ごく稀な「個人の特性」による重症が深刻だからである。
リスクヘッジの優先順位は、基本的に 「重大性 × 発生確率」で決まる。
私が昨今見たケガで一番、重症だったのは肩の亜脱臼による橈骨神経麻痺である。原因は高手後手(+個人の特性)以外はない。その方は1年が経過しても痛みが消えず、片方の肩が上がらず、日常生活も不自由な状態であった。
発生確率が極めて小さいものであったとしても、上腕の圧迫による重症の重大性は大きい。仮にその原因が「個人の特性」であれば、その特性を緊縛前に完璧に把握することはできない。であれば、なおさら高手後手を改善する以外に方法はないのである。
私がいきついたのは「上腕を圧迫しない高手後手」である。この後手を開発したのも、もう15年ほど前になる。
上腕を圧迫しているかどうかの判断は、受け手の体感だけでなく、腕への縄の食い込み、平吊りをした時に吊り縄をかけた背中の留めの部分が体からどのくらい離れているかで判断できる。
私が開発した高手後手は、この背中の浮きを限りなく抑え、横吊りをしても下の腕への圧迫が、短時間であればほぼかからないものである。ケガのリスクを抑えた自慢の高手後手である。
ところが……習得が難しいのである。
半年で習得できれば早い方で、一度、縛れるようになっても、少しの間縛らないとすぐに精度が落ちる。私自身も100発100中で完璧に縛ることができない。
緊縛構造をさらに見直せばいいのか、所作をもっと具体的に確立するべきなのか、現在も模索中である。
余談になるが、受け手が高手後手が組めない、リスクを下げたいという理由で、ボディのみを縛って吊っている方もたまに見かけるが、これはこれであまり安全性の高いものを見ない。
ボディはボディで、腋下にテンションがかかれば腕の神経を圧迫する。そして人の体の断面図は楕円であり、無造作な縛りに吊り縄をかけると体側にテンションがかかりやすい。
ボディを縛っている方のほとんどが、吊り縄をかけた部分が体から浮き、腋下にテンションがかかっているのを見るたびに、内心ヒヤヒヤしている。
SMバーのオーナーとしての責任
緊縛事故の責任は、縛り手、受け手だけではない。
SMバーのオーナー、縄サロン、縄会、講習会の主催者等、縛りの場所を提供する限り、そこには責任がある。
特に緊縛講習の主宰者は、受講者と師弟関係になることも多く、その責任は重い。
その責任の内容とは、まず、受け手の安全を守ることを第一とすることである。単に縛りを教えるだけでなく、その危険性も合わせて指導することが必要である。指導内容、指導順等は事故防止を十分に考慮したうえで決めなければならない。
また、万が一、教え子が事故を起こした際は、縛り手が果たすべき責任や受け手のケアに対して相談に乗り、指示を出すことも、主宰者・指導者の責任である。
被害者の肉体的、精神的負担は健常者には理解できないほど大きく辛いものである。時によっては縛り手自身も精神的ダメージを負っており、双方に対してケアを行うことが重要である。
具体的には、ケガの状況を直接聞き、どんな病院に行ったらいいか、どんな治療をしたらいいか情報を提供する。受け手へのメンタルケアの方法を提案する。特に初めて緊縛事故に直面した時は、どのようなことが受け手へのサポートになるかわからない縛り手も多い。
また、ケガをさせた縛りの解析、原因究明、再発防止のために自らが教えた縛りや講習のカリキュラムを改善することも、緊縛講習の主宰者として重要なことである。
以上が、私が緊縛講習の主宰者として実際に行っていることである。
その他にも、私の経営するミルキーウェイでは緊縛事故防止に対する様々な取り組みを行っている。
緊縛講習受講者には、縛り手としての責任感を持たせるために、常日頃から「事故の責任はすべて縛り手にある」と伝えているとともに、定期的に受け手、縛り手への緊縛安全講習を開催している。
店内で緊縛する際は、受け手別に指チェックカルテを作成し、縛る前後に縛り手が受け手の指の状態をチェック、同時に縛り方、縛り手名を記入するルールにしている。これにより受け手の健康状態(腕、手)が把握しやすくなり、ケガの早期発見が可能となった。
また、カップル以外の吊りを禁止している。
楽しく安全にプレイできるように店内ルールを決め、スタッフを含め来て下さるお客様に、それを正しく守っていただく。これを実現することが、SMバーのオーナーとしての大きな責任であると私は思っている。
そう思う中で、先日「緊縛初心者のためのリーフレット」を制作し、店内で発売を開始した。リーフレットの特徴は以下の通りである。
- 縛り手、受け手に必要な情報を、それぞれお互いに知るために1枚にまとめている。
- ケガについての基本的な知識、情報を掲載している
- 重傷者ゼロを目指している
店内で1部100円で販売している。
このリーフレットの掲載内容をできるだけ多くの方に知ってもらいたいと考え、全国90店舗近くのSMバー、縄会を開催しているスタジオ、サロン主宰者にDMをしたところ…返事がきたのは7店舗のみであった。購入してくださったのは現時点で2店舗のみ。
各店舗、それぞれ方針はあるだろうし、価値観が合わないのは仕方ない。
けれど、せめて返事くらいよこしたらどうなのか、と思ったのが正直なところである。よほど、都合が悪い内容だったのかと勘繰らざるをえない。
SMは信頼のやり取りであり、感謝と慈しみの気持ちを伝える最高の手段である。
私は、SMに興味を持つ方々に、安全に楽しくプレイできる場所(店)を提供したい。そして、私たち夫婦が28年間SMによって愛情を深めたように、私たちの考え方やミルキーウェイでの体験を通じてカップルが誕生したり、幸福な人生を歩んでくれれば、大きな喜びである。
2025年6月 初旬 ミルキーウェイ店主・若